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東京地方裁判所 平成6年(ワ)7485号 判決

反訴原告

茂木豊子

反訴被告

改進相互タクシー有限会社

ほか一名

主文

一  反訴被告らは、各自、反訴原告に対し一一四万一一三三円及びこれに対する平成五年一月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を反訴被告らの、その余を反訴原告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

反訴被告らは、各自、反訴原告に対し五八六万二九七二円及び右金員に対する平成五年一月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  交通事故の発生

反訴被告阿部三男(以下「反訴被告阿部」という)は、タクシーの乗客として反訴原告を普通乗用自動車(足立五五け九二三号、以下「加害車両」という)に乗車させて走行していたところ、平成五年一月一八日午後一一時四五分ころ、東京都荒川区東日暮里二丁目四七番四号先の信号機のない交差点(以下「本件交差点」という)において、左側から進行してきた訴外内山俊雄(以下「内山」という)運転の普通乗用自動車の右前部角に、加害車両の左前部角を衝突させた。

2  責任原因

一  反訴被告阿部は、一方通行の標識のある道路を逆走行したうえ、本件交差点に進入するに際しても、左側から進行してきた内山運転の車両に注意をしなかつたのであるから、過失があること明白であり、民法七〇九条に基づいて反訴原告に生じた損害を賠償する責任がある。また、同反訴被告は、タクシーの乗客である反訴原告を目的地まで安全に運搬すべき運送契約上の義務を怠つたものであるから、その債務不履行に基づいて反訴原告に生じた損害を賠償する責任がある。

二  反訴被告改進相互タクシー有限会社(以下「反訴被告会社」という)は、反訴被告阿部の使用者であり、本件事故は、その業務の執行中に惹起されたものであるから、民法七一五条に基づき、また、反訴被告会社は、加害車両の保有者でありこれを運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づき、反訴原告に生じた損害を賠償する責任がある。さらに、反訴被告会社は、反訴原告を目的地まで安全に運搬すべき運送契約上の義務を怠つたものであるから、その債務不履行に基づいて反訴原告に生じた損害を賠償する責任がある。

一  本件の争点

反訴被告らは、本件事故によつて生じた反訴原告の損害額を争つている。

第三争点に対する判断

一  証拠(甲一ないし六、乙一、一一、一三、反訴原告本人)によると、以下の事実を認めることができる。

1  本件事故は、反訴原告をタクシーの乗客として後部座席に同乗させていた反訴被告阿部の運転する加害車両が、道を間違えて一方通行の道路を逆走行し、本件交差点において、左方向から進行してきた内山運転のタクシー車両の前部右角部分に、自車前部左角部分を衝突させ、さらに交差点角の電柱に衝突させたというものである。反訴原告は、内山車両との衝突の瞬間、座席の前にずり落ちる格好となり、電柱に衝突したときは、起き上がろうとしていた態勢にあつたため、顔を運転席後ろのボードもしくはシートに強打することとなつた。

2  反訴原告は、直ちに救急車で最寄りの白髭橋病院に搬送されたところ、顔面挫傷、頸椎捻挫、左下膝挫傷、鼻骨骨折の疑いとの診断を受け、創傷が処置されたほか薬を与えられて帰宅し、同月二五日にも同病院に通院した。

3  反訴原告は、顔面の腫れがとれず、目の霞む状態も改善されず、全身の倦怠感がひどかつたことから、平成五年二月二日、国立医療センターに転医し、同病院の循環器科の樫田光夫医師により、高血圧症、狭心症、鼻骨骨折の診断を受け、同日国立医療センターに入院した。ところで、反訴原告は、本件事故以前の平成四年四月から、同医師により高血圧症、狭心症として内服治療を受け、月一回程度の定期経過観察を受けている状況にあつたところ、同医師は、反訴原告から、交通事故により受傷したこと、以後全身倦怠感があることを聴いたうえ、血圧が一七〇―一一〇と高かつたことから、精密検査が必要であると判断し、反訴原告に入院を指示したものである。

4  反訴原告は、国立医療センターに入院中の同月四日に同病院の耳鼻咽喉科を受診した。担当の中井淳一医師は、鼻骨骨折、顔面打撲との診断名をつけたものの、触診上鼻骨骨折が存在することは確かであつたが(レントゲンでは鼻骨の変形は認められない)、大きな偏位なく、治療の必要性はないとし、また、打撲によると思われる眼窩下神経領域の知覚異常を認めるも、保存的療法の適用で十分であると診断していた。以後、反訴原告は、同病院耳鼻咽喉科を受診していない。なお、樫田医師は、同年四月一五日付診断書で、同年二月一六日に鼻骨骨折は治癒したと診断している。

また、反訴原告は、同病院に入院中の同月一五日に同病院の脳外科を受診したところ、担当の藤堂具紀医師は、頸部MRIによる検査所見をもとに、第五、第六頸椎間を中心に軽度の変形性頸椎症がみられるとの診断をくだしている。なお、脳外科受診の時点では、反訴原告は、頭痛、後頸部痛を感じることがなくなつていた。

そして、反訴原告は、同年二月一六日国立医療センターを退院した。

5  反訴原告は、退院後も鼻に痛みを感じるとし、鼻の湿布が目立つとして一切出勤せず、平成五年三月二日、同月三〇日に国立医療センターに通院して湿布薬の投薬を受けたほかは正式な医療機関にかかることもなくもつぱら自宅にあつたところ、同年四月二〇日に至り鼻の痛みが和らいできたとして仕事に復帰した。

二  右認定事実によれば、本件事故による反訴原告の傷害は、頸椎捻挫、鼻骨骨折、顔面挫傷、左下膝挫傷で、いずれも軽度なものであつたと考えられるが、反訴原告には、右の傷害の他に高血圧症、狭心症の既往症が存し、右傷害及び本件事故が右既往症に及ぼした影響等に関して精密検査の必要があつたというべく、反訴原告は本件事故による受傷により入院治療が必要となつたことは否定できないというべきである。しかしながら、反訴原告に関しては、入院中における診断によつて、鼻骨骨折については、骨折は認められるものの治療行為は必要でないこと及び自然治癒していることが判明し、また、頸椎捻挫については、もともと、頭痛、後頸部痛、全身倦怠感という自覚症状が主体のものであつたところ、頭痛、後頸部痛はおさまり、MRI検査で認められた第五、第六頸椎間に関する所見も経年性のものとの判断が示されるに至つたというのであるから、これらの事情を総合すると、本件事故による反訴原告の傷害は、国立医療センターを退院した平成五年二月一六日の段階で症状固定ないし治癒の状態に至つていたものと認めるのが相当であり、その後の治療は本件事故と因果関係がないといわざるを得ず、また、反訴原告が被つた後記認定の損害についても、人的損害については、本件事故と相当因果関係のある損害はその八割とみるのが相当である。

三  損害額について

1  治療費(請求額三二万七七三五円) 三〇万七七三五円

白髭橋病院における治療費が五万七八八〇円であることは当事者間に争いがなく、証拠(乙二、三)によれば国立医療センターにおける治療費が二四万九八八五円であることが認められる。

2  入院雑費(請求額一万九五〇〇円) 一万九五〇〇円

入院雑費は一日当たり一三〇〇円とみるのが相当であるから、一五日分で一万九五〇〇円となる。

3  通院交通費(請求額九九六〇円)

証拠がないので認められない。

4  休業損害(請求額四九九万〇六三二円) 九八万〇八七五円

証拠(乙六ないし九、一三ないし一七、反訴原告本人)によれば、原告は、本件事故当時、東京都内や関東近県のデパート等の衣料品売り場等に人材を派遣することを業とする株式会社エイワンマネキンの代表取締役であつたこと、同会社は原告が昭和四二年に始めた個人営業を昭和五七年に法人成りさせたものであること、同会社は資本金一〇〇〇万円の会社で、本件事故当時、月間一五〇ないし二五〇件の派遣実績があり、営業社員として東京都墨田区の本社に七名、千葉支店に一〇名の従業員がいたこと、原告は、毎日午前九時三〇分から午後七、八時ころまで本社に出社し、営業社員に対する指示、得意先からの求人求職受注、派遣社員に対する指示、派遣社員の募集のための広告の作成、派遣社員登録希望者の採用面接等の仕事に従事していたほか、一週間に一回程度の割合でデパート等の派遣現場を見回つて問題がないかどうかを確認していたこと、原告は同会社の財務及び総務に関しては自ら関与することなく、すべてを、原告の子であり、同会社の代表取締役副社長である八田谷直哉に任せていたこと、原告が同会社から受けていた報酬は月額一六五万円であり、事故後の平成五年二ないし四月分は報酬を受けず、同年五月分以降は従来通り月額一六五万円の報酬を受けたことが認められる。

右によれば、原告は前記会社の従業員として実質的活動も行つていたものと認められ、同会社の規模、業務内容、原告の担当職務等を総合勘案すると、月額一六五万円の報酬のうちその六割にあたる九九万円が労務の対価としての実質をもつ部分と認めるのが相当である。

そして、その傷害内容・程度、入院状況に照らし、反訴原告は、本件事故翌日の平成五年一月一九日から同年二月一六日までの間、就労は不可能であつたとみるのが相当である。よつて、休業損害は、以下の計算式のとおり、九八万〇八七五円(一円未満切捨)となる。

990,000×(13÷31+16÷28)=980,875

4  慰謝料(請求額七〇万円) 二八万円

本件事故の態様、反訴原告の受傷の内容・程度、入通院状況等本件に現れた諸事情を考慮すると、二八万円が相当である。

5  物的損害(請求額四万一〇〇〇円) 二万〇五〇〇円

証拠(乙一〇、反訴原告本人)によれば、反訴原告は、本件事故によつて、購入後日の浅いシヤネルのイヤリングの片方を紛失するに至つたこと、購入価格は四万一〇〇〇円であつたことが認められ、右によれば、反訴原告は少なくとも二万〇五〇〇円の物的損害を被つたというべきである。

6  以上のとおりであつて、反訴原告の被つた人的損害は1、3及び4の合計額は一五八万八一一〇円であり、物的損害は5の二万〇五〇〇円となるところ、人的損害については、本件事故と相当因果関係あるものとして反訴原告が賠償を求め得るのは、前記の理由によりその八割相当額とみるべきであるから一二七万〇四八八円(一円未満切捨)となり、総合計額は一二九万〇九八八円となる。

7  損害の填補

反訴原告が損害の填補として二四万九八五五円受領したことは当事者間に争いがないので、これを控除すると一〇四万一一三三円となる。

四  弁護士費用について

本件訴訟の難易度、審理の経過、認容額その他本件にあらわれた諸般の事情に照らすと、本件事故と相当因果関係がある弁護士費用相当額は一〇万円と認めるのが相当である。

五  結論

以上の次第で、反訴原告の請求は、一一四万一一三三円とこれに対する不法行為の日である平成五年一月一八日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

(裁判官 齋藤大巳)

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